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〜医者はどこまで患者と向き合っているか?〜主治医はあなた【随時更新】

現代の医療のあり方に一石を投じ、これからの医療の可能性を模索する。
心身統合医療に力を注ぐ、医師・樋田和彦のメッセージ。

主治医はあなた

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ホリスティック医学を根底で支えるのは
自然観・人間観・生命観であると思います。

■月1回のペースで行っていた「生き方懇話会」

ヨガを通して新しい視野を持つようになってからは、自分の気持ちに正直に従うように行動しました。診療所の2階で、子供と大人による健康教室(週1回)を開いたり、縁ある方々を拙宅に集めて10〜20人による「生き方懇話会」(月1回)を開いたり。そんな日々が15年ほど続くなかで、大きな変化が訪れました。

始まりは、月1回のペースで行っていた2つの座談です。
ひとつは私を入れて3人の医師たちの座談です。3人とも個性的で一般の学会や医師会には馴染めないタイプだったため、制約のまったくない話に夢中になりました。互いに共有できたのは西洋医学の壁を越えて漢方や鍼灸を診療に取り入れていること、病気にも病人にも関心と理解があることです。

もうひとつのグループは、僧侶、指圧師、議員、看護婦、サラリーマン、そして医師である私の6人の座談です。私の知り合いを、乱暴にも一堂に集めたのです(笑)。専門分野がまったく違う人たちの座談ですから、初めは少しぎくしゃくしましたが、すぐに慣れました。日頃の窮屈な職場の立場を離れ、自由に話ができる座談は、まさに極楽の世界となったのです。

この2つのグループを合体させたのが「生き方懇話会」です。
月1回の座談を重ね、1年後には私の診療所の2階で有縁の方々を対象にミニ講演会をスタートさせました。最初の頃は、私たちメンバーが講師を務めましたが、次第に外から招くようになりました。しばらく続けるうち、街の中心に出て、市民の集いを開こうという意見が強くなっていったのです。

こうして1983年、「生き方懇話会」主催による第1回講演&シンポジウムが名古屋市中区の愛知文化講堂で開かれました。テーマは「自然と医学」でした。続く86年には「人間と医学」、89年には「生命と医学」をテーマに掲げました。後援は愛知県と名古屋市で、講師には当時の日本の医学界の第一人者の方々をお招きしました。

生き方懇話会主催による講演会
第1回
(1983年)
テーマ 自然と医学
講師 故高木健太郎先生(名古屋大学名誉教授、生理学者、参議院議員)
故橋本敬三先生(操体法創始者)
竹熊宣孝先生(公立菊池養生園園長)
第2回
(1986年)
テーマ 人間と医学
講師 故間中喜雄先生(外科医、鍼灸師)
故杉靖三郎先生(生理学者、医学評論家)
竹熊宣孝先生(公立菊池養生園園長)
第3回
(1989年)
テーマ 生命と医学
講師 故池見酉次郎先生(九州大学教授 心身医学)
故中川米造先生(大阪大学教授 医学概論)
故飯島宗一先生(愛知県芸術文化センター総長、名古屋大学学長)

「生き方懇話会」は、民間の立場を持たない市民グループです。始めは一人で抱えていた悩みや問題もこの懇話会で話し合ううちに解放され、一人一人のエネルギーを結集してさらに広く市民に呼びかけたイベントです。この3回の講演とシンポジュウムは我々の夢の実現で会場は熱気に包まれました。司会をして頂きましたのは、NHKの「こころの時代」「宗教の時代」のインタビューアを担当されていた金光寿郎氏です。
お招きした講師の先生方は主催者の意を汲んで下さり一体感をもってご講演を頂きました。

敢えて細かく記しましたのは、当時の医学医療界のリーダーとして我々にとっては雲の上の先生方ばかりでしたが、この催しに関わった全員にとって立場こそ違え人間の本心良心を共有できたことを忘れないようにしたいからです。

■日本ホリスティック医学協会中部支部の誕生

第3回の講演会には、発足して間もない日本ホリスティック医学協会のメンバーの方々が出席されていたことは、後から知りました。この講演会がご縁となり、1991年に同協会中部支部が発足することになり、私が支部長を任されることになりました。これを機会に「生き方懇話会」は解散、協会中部支部に力を注ぐことになりました。私は99年まで支部長を務めさせていただきました。

日本ホリスティック医学協会中部支部の立ち上げには懇話会のメンバーにも何人か入っていただきましたが、初めての方も多く、全体を把握するのにしばらくの時間を要しました。なかには去っていく人もいましたが、次第に落ち着きました。一人一人の主張を曲げることはできないと痛感させられた時期でもありました。

中部支部の活動は、協会内部だけでなく外部からも講師をお招きして毎月一回講演会を催すとともにメンバーの会合も行い、「ホリスティック医学とは何か」「医学と哲学」「東洋医学と西洋医学」「医療と教育」「人間とは何か」など様々なテーマで盛り上がりました。年齢も性も職業も超えた縁だけで集まる自由な語り合いです。(現在も相変わらず続いています。)一時、南山大学で体験型のセミナーが行われ、講演と体験のバランスのとれた活動が行われていました。

そして1995年、ホリスティック医学を広く世に知らしめることを目的に、支部として命運をかけた大イベントを催しました。マスメディアや企業や団体からも応援をいただき、2500名の愛知芸術文化センター(大ホール)を埋め尽くす大盛況となりました。講師陣は今振り返っても、そうそうたる顔ぶれです。

「人間と地球の健康を考える-
ホリスティック広場イン名古屋1995」
総合司会 川津祐介氏(俳優)
講演内容

「ホリスティック医学とは何か?」
日本ホリスティック医学協会会長 藤波襄二

「イメージで癒す-芸術療法の試み」
京都大学教育学部教授 山中康裕

「人間のいのち、地球のいのち」
国際基督教大学理学科教授 石川光男

「共存共栄の条件とEM技術」
琉球大学農学部教授 比嘉照夫

リラクセーション
タイム
演奏 マリンバ・ポ二-ズ
シンポジウム 「新世紀に向け、今なすべきこと」
シンポジスト:藤波襄二、山中康弘、石川光男、比嘉照夫 司会:川津祐介
主催 日本ホリスティック医学協会。事務局:同協会中部支部。後援:愛知県、名古屋市、中日新聞社、東海テレビ放送。推薦:愛知県教育委員会、名古屋市教育委員会、愛知県医師会、名古屋市医師会、愛知県歯科医師会、名古屋市歯科医師会、愛知県薬剤師会、愛知県鍼灸師会

■自然観・生命観・人間観なくして医療は成り立ちません

さて、先に述べたヨガ(Chapter09をご覧ください)とホリスティック医学にはある共通点があります。どちらも「自然」「人間」「生命」の尊厳を目指すものということです。ホリスティック医学は都会型・市民型のヨガと言ってもよいと私は思っています。そして、この3つこそ、今の医学と医療に抜け落ちているものであることに気づいたのです。

自然観・生命観・人間観が生きていくうえで不可欠のものであることは、自らの心身を見れば明らかです。毎日の生活は息をしていること、動くこと、さまざまな欲求は自分の意思のように見えますが、すべて自然の中で自然に与えられたものです。病もうと思って病むわけでもなく、治ろうとしなくても治ります。どんなに精巧な器械を使っても自然に起こることを解明することはできません。どんなに、高価な薬も自然治癒力にはかないません。

「病は氣から」は一般庶民の日常語ですが、医学の中では単に俗説でしかありません。医師も日常に帰れば「氣」を無視することはできないはずです。心理学と生理学は別の学問として括られていますが人間は心理だけで生きている訳でも生理だけで生きている訳ではありません。それらが一体として研究されることがホリスティック医学の立場です。

すべての病気はその人の心が病むから、それがその人の肉体の病気となって現れる。

ソクラテス

次回は、「自然治癒力」についてお話します。

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