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〜医者はどこまで患者と向き合っているか?〜主治医はあなた【随時更新】

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Session4手と脳の関係

医師 樋田 和彦 × 西野 仁雄(NPO法人健康な脳づくり理事長)

医師 樋田 和彦 × 西野 仁雄(NPO法人健康な脳づくり理事長)

●西野 仁雄
1966年 和歌山医科大学卒業、同大学薬理学助手、金沢大学協力研究員、ニューヨーク州立大学研究員、和歌山医科大学講師、富山医科薬科大学助教授、生理学研究所助教授を経て、1988年名古屋市立大学教授。2005年同大学学長。2010年同大学名誉教授。2013年NPO法人健康な脳づくり理事長。読売東海医学賞(2003年)、瑞宝中綬賞(2016年)。

脳生理学の分野で活躍された西野 仁雄さんは、名古屋市立大学学長を務めて定年を迎えた後、自らの「ボケ防止」を目的に、2013年「NPO法人健康な脳づくり」を立ち上げて理事長に就任。現在は「手・足・口と、健康な脳づくり」をキャッチフレーズに、さまざまな活動をされています。トークセッション4では、「手と脳」という共通テーマで語り合っていただきます。

■ 手・足・口と、健康な脳の関係。

樋田 先日、西野先生が理事長をされている「NPO法人健康な脳づくり」主催の市民講座に参加させていただきました。先生の専門分野である脳生理学が、一般庶民の目線でダイナミックに生かされているという、新鮮な印象を受けました。

西野 なかなか面白い講座でしょう(笑)。

樋田 運動、歌、踊り、楽器などをうまく使って五感を刺激し、日頃から先生がおっしゃっている「手、足、口」に見事に刺激を与えていました。先生の頭の柔らかさ、アイデアに感動しました。じつは私もヨガに関わってきた経験から、診療の中に、全人的なことを何とか入れられないかと、つねに模索しておりまして。それによって効果が上がることを度々体験していましたから。ところで、元大学の学長だった先生が、今のような活動に至ったのはどんな経緯からですか。

西野 語ると長いので、かいつまんでお話しましょう。私が和歌山医科大学の学生だったとき、あるご縁で薬理学の先生と出会って、薬理学を専攻しました。薬理学で面白かったのは、一つの薬物を開発するのに、いろんな研究をすること。生化学、生理、形態、奇形、ホルモン・・・全て研究するんですよ。まだ頭がフレッシュな若い時期に、そういった現場に4年ほどいましたので、ひとつの現象を見た時、いろいろな角度から考える習慣が身につきました。そのとき、脳循環といいまして、脳局所の血流動態を測定する研究をしました。血流を測っても、脳の働きを間接的に見ているだけですから脳はわかりません。それで私は、神経細胞の活動を調べる研究に移りました。しかし、神経細胞は何万個とあるのに、そのうちの数個を調べても、結局は何も分からないと感じるようになりました。そして、大事なのは、トータルとしての働き、つまり機能ではないかと思い至ったのです。その後、ドーパミン細胞の移植に携わるようになり、障害された脳の機能を回復させる研究へとつながっていきました。自分の好きな神経科学を最後まで全うできたことに感謝しています。
7年前、定年で学長を辞めてから2年間はゆっくりしていました。毎日が日曜日で、これは天国だと思っていたのですが、そのうち、このままではボケてしまうと(笑)。ちょうどその頃、これもあるご縁によって、NPO法人として「健康な脳づくり」を立ち上げることになりました。今は、自分の好きなことをして、一番幸せです。

樋田 「健康な脳づくり」にもつながることですが、手と足と口というのは、脳生理学の視点から、非常に重要な入り口とお考えですか?

西野 もちろんです。私たちホモ・サピエンスのルーツであるクロマニヨンとか、ネアンデルタール人は体格も頭も大きい。しかし、きちっとした言葉を持っておらず、コミュニケーションができなかった。それが何らかの突然変異で言葉を開発し、生き延びることができた。農作をするにも、言葉で伝達したほうが確実だし、文字に書けたほうが概念化できるし、統一もできる。こうしたコミュニケーションができるようになったのは、ほんの3万〜7万年前のことです。そして二本足で立つようになると、移動距離が広くなって、手が自由になった。ものを使って、皮を剥いたり、砕いたり、矢をつくったり、動物を殺したり、何でもできる。これは人間として大きな一歩です。二本足で立ち、手を自由に使い、言葉を話す。これによって前頭葉(脳)が発達したのです。

樋田 なるほど。

西野 ところが、最近はどうです?クルマが普及し、足をそれほど使いませんよね。ロボットで作業が軽減化されて良いといいますが、そのぶん、人間は果たして創造的になれるでしょうか。やはり身体を動かし、手を使うことによって新しい創造性も発想も生まれてくる。人間というのは、機能をトータルに使わないとだめだと思います。頭ばかり使っていてはだめ。特に心配なのはゲームです。1日3時間以上もゲームをしている子どもはザラにいますが、ゲーム中って何も考えない。あるのは快感だけ。しかもより強い快感を求めるようになる。あれは脳の細胞を壊しているに等しいですね。人間の脳には、静かに考える時間が必要です。文字を読むことも大事。それがだんだんしづらい環境になってきていることに危惧を覚えます。

■ 脳をナチュラルな状態にリセットすることが大切。

樋田 西野先生は、手を動かすグリップを開発されましたが、グリップを握ることによって、脳にどう働くのかお聞かせください。

西野 じつはグリップでなくてもいいんです。手を刺激することが大事。ところで樋田先生も診療では手を重視されていますね。

樋田 はい、高麗手指鍼というものです。じつはこれを診療に取り入れる前は耳を対象としていました。私の専門は耳鼻科ですから。その後、高麗手指鍼に出会いました。それまでは耳=全身として診療していましたが、手=全身でもあるのだと気づかされました。

西野 そういえば樋田先生は著書「癒しのしくみ」の中で、手のことを書いていらっしゃいましたね。非常に面白く読ませていただきました。手というものは、体の全体の症候を表している。そこを中心に見ていくという考え方に感銘をうけましたね。

樋田 ありがとうございます。私は合気道も少しやっていまして。その健康術の中に「手振り健康術」というのがあるんです。中国に伝わる「スワイショウ」というもので、手をブランブランと振る体操を1日1万回やると万病が治ると文献に書かれている。生理学的に実験データがあるわけではないのですが、手に「気」を回すというのはいい効果をもたらすのだと思っています。

西野 脳生理学の視点から見ても、同感ですね。

樋田 じつは、ある末期の乳がんの患者さんに手振り健康法を教えたことがあるんです。まず500回から始めてもらったのですが、やがて1日1万回くらいできるようになりまして。その方が言うには「恍惚な気持ちになってとてもいい。ずっと続けたい」と。結局、8年くらい症状が悪化することなく存命されました。
手全体が身体の鏡と考えれば、ここを刺激することによって、全身にフィードバックされていくということですね。

西野 お話を伺って思ったのですが、手を振ることでよくなるというより、脳に何らかの刺激を与えたのではないでしょうか。脳というのは三層からできています。一番上の大脳皮質は計算したり判断したり、言葉をしゃべったりするのに必要な部分。その下に大脳辺縁系があり、これは動物共通の欲望を司ります。そして脳幹から下にある脊髄、これは心臓や呼吸など生命活動に関わる部分。それで、「手振り健康術」というのは、ある程度、脳が「無」になっているわけですね。大脳皮質の働きも薄めて、辺縁系の働きも薄めて、最後に脳幹というところだけが働いている。脳幹というのは、歩行運動がそうですけど、右足を上げたら次は左足を上げてというように、意識しなくても自然にやっているわけです。「手振り健康術」もそれと同じ。病気に対してどうとか、イライラする気持ちを抑えることが最大のメリットだと思います。いろんなストレスの中でイライラしたり思い悩んだりしている状態は、自然ではないですよね。ナチュラルにリセットしてあげることが一番の健康術だと考えています。

樋田 脳の3つの部分は、つながっているんですよね。

西野 つながっています。それぞれが切磋琢磨しないと強くならない。上ばかり使っていてもダメだし、イライラと大脳辺縁系的な本能的なことばかりやっていてもダメ。ただ走ってばかりでもダメ。3つをバランスよく鍛えることが大事です。

樋田 しかし、そのバランスが取りづらい時代になっている。

西野 そう。文明社会では、上ばかり使って気分がイライラしていたりストレスを抱えたりしている人が多いですね。そこをちょっと外して、緩めて、下の部分も強くしましょうと。

樋田 「健康な脳づくり」が目指すのも、そういう部分ですね。

西野 手、足、口をよく使うことで体全体が活性化されることに加え、声を出す、笑う、大声でしゃべる。つまり、歌を歌う。体力面と心の面と両方から脳を活性化しようと試みています。具体的には「アダップ(Anti Dimentia Action Program)」というアクションプログラムを導入していて、運動約40分、手足、口を動かす運動つまり、歌ったり笑ったり、おしゃべりするのを40分、中休みなど、トータル2時間のプログラムを月に2回行っています。

樋田 効果はいかがですか。

西野 一般的に80歳を過ぎると、体力も認知度も計算力もガクッと落ちるものですが、このプログラムを2年続けている人は落ちないですね。

■ これからの医療のあり方について

西野 科学はこれからも進歩していくでしょう。特に医学は、これから10年、さらに進歩するでしょう。
ガンにしても、あるタイプの肺がんであれば、薬でピタッと治る。ただし、月30万とか50万と高額ですが、そういったコストもだんだん下がっていくと思います。その一方、まだ原因がよくわからない病気もたくさんあります。特にサイコティックな病気になってくると。薬ひとつでは治らない。なぜなら原因がひとつではないから。要するに、いろいろな要素が重なり合って症状が出ているわけです。
それをカバーする地域の中核病院やかかりつけ医の存在がますます不可欠となりますし、最先端医療を追求する大学病院の役割も大きい。ひとつの病院で全部治しましょうというのは不可能ですから、社会全体として医療を底上げしていくことが大切だと思います。やはりトータルでケアしないと、始まらないですよ。

樋田 おっしゃるとおりです。医学のテクニックとか、顕微鏡下で調べることも重要ですが、医療で忘れてはならないのは、私は「自然観」「生命観」「人間観」だと思うんですよ。この柱が欠けたら医療は大変なことになってしまうのではないかと。テクニックだけを追うのではなく、予防とか健康増進とか。

西野 私は、医師はもっと社会に出るべきだと思います。単に、眼科の人は目だけを診る。内科の人は、内科だけ診る。そして薬を処方する。それで治療をしているように思うけど、それは医療のほんの一部にしかすぎない。それよりもっと大事なのは、どうすれば病気にならないか?どうすれば病気になっても軽く抑えられるか?樋田先生の言うように、予防や健康増進につながるような啓蒙活動を医師はもっと行うべきですね。

樋田 医療と教育が全体の中心でなければならないということですね。

西野 今の日本の教育は、あまりにも偏差値を追いすぎています。それは末梢の問題であって、人間とは何が一番大事か、社会のなかで生かされているとはどういうことか。そういったことをきちっと教えないと、やがて自分のことばかり考える人間になってしまう。一流大学に入って一流企業に就職しても人生はゴールではありません。もしそこで挫折したとしても、偏差値だけではない、自分というものをしっかりと持っていれば、どんな状況にも適応できる。そういう教育をもっとしていくべきだと思っています。
(2016年12月)

〜対談を終えて〜

西野先生は、脳生理学を専門とされているからでしょうか、思考がとても柔軟です。そして科学性を重視しながらも、統合医療の考え方も受け入れる非常にバランスの取れた稀有な存在だと改めて感じました。現役を退かれてもなお、市民講座など医療をベースに社会的活動に力を注がれており、医療人としての生き方を貫かれている。同じ医療人の一人として、多くを学ばせていただきました。(樋田和彦)

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